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為替相場は楽しい?!

私は、1990年に某証券会社に入社して、社会人生活と同時に相場人生がスタートした。

入社式の当日の日経平均の終値は、今でも忘れない28,002円である。そこから、一度反発して31,000円台を示現した後に、(第一次)湾岸戦争の影響で株式市場は大きく値崩れを起こし「バブル崩壊相場」となった。その環境の中で支店営業を5年間行ったのだが、「株は上がるものではなく下がるもの」と言う感覚が体に染み付いてしまったばかりか、「投資対象として難しい商品」との思いを強めたのも事実である。と言うのも、当時の証券界では「信用取引」は「大口投資家」が行う取引で、一般の個人投資家が簡単に出来るようなものではなかったため、なかなか上昇しない相場の中で「買い戦略」だけで顧客に儲けてもらう事をしなくてはならなかったからだ。

そんな思いを強めていた中、ひょんなことから人事異動で「為替ディーラー」セクションに転勤となり、人生で初めて「為替相場」なるものを経験した。これが、私の相場人生の転機となった。「為替ディーラー」セクションに着任してまず驚いたのが、情報面の質と量である。時々刻々と世界中のニュースが流れている情報端末、当時(1995年)の株の営業場では見た事もない高性能・高機能のチャート、取引先銀行の担当者から随時もたらされる様々な情報・・・。どれもこれもが、見るのも聞くのも触るのも初めてのものばかりで、毎日ワクワクして仕事をしていた。

ただし、「株式相場」に慣れていた私にとって「為替相場」が何を理由に変動するのかが当初はわからず大変苦労したのを覚えている。周りを見ると、先輩ディーラーがトレードをしていとも簡単に利益を稼ぎ出しているので、それを真似てトレードをしてみても「なぜそのようなトレードをしたのか?」が最初は全くわからなかった。そこで、「為替市場」の考え方を身につけるべく、「マクロ経済学」や「テクニカル分析」の書籍を片っ端から読み漁り、ありとあらゆる知識を吸収するように努力した。その結果、先輩が何を考えているのかがわかるようになり、更には目の前にある情報端末で流されているニュースが相場にどのような影響を与えるのかを、自分なりに見当を付ける事が出来るようになった。

そうなると、もう「為替相場」が面白くてしょうがない。しかも、「為替相場」は「株式相場」と違い24時間いつでも動いている相場で、ありとあらゆるニュースが相場変動の要因になる可能性があるので、世界経済の躍動と共に生きているという感覚が私の血を熱くさせて、益々「為替相場」にのめり込んでいくこととなった。

わが国では、1998年の「外為法改正」で為替取引が個人投資家ベースでも行える「為替証拠金取引」が初めて導入され、それから15年たった現在多くの投資家が「為替相場」と向かい合って日々健闘していると思うが、そういった方も「為替相場」とは単に「利益を生み出す相場」と言うだけの認識ではなく、「世界経済の躍動を感じる相場」と考えていただくともっともっとその面白さがわかり、また自分の見識を大きく広げてくれるものと思っている。

鈴木 隆一(すずき りゅういち)氏プロフィール


1965年 生まれ 立教大学理学部物理学科卒
1990年? 大和證券株式会社に入社、支店営業を経た後為替ディーラー業務に従事。証券売買に付随する為替取引のカバーや自己資金の為替運用のほか、為替オプション・外債・金利先物・金利スワップ等、あらゆる金融商品を駆使して運用を行う。
大和証券分社時には、為替部門の立上げを行ったのちチーフディーラーに就任。
2000年? 同社を退社。退社後は、投資教育会社やFX業者数社の立上に参加、その後独立してプライベートファンド運用・為替情報提供会社である株式会社ワムを設立、代表取締役に就任。

その他、テクニカル分析およびシステムトレードの技術開発および情報配信に特化した有限会社ガンパウダーの代表取締役も勤め、2006年には同社の株式会社化とともに株式会社ワムを完全子会社化し、以降は外国為替の総合情報サービスを行いながら全国で投資家育成教育を行っている。

掲載日:2013年8月13日

 
    

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