株式・投資信託・ETF・退職・年金 投資に役立つ「ケイゾンマネー」

イタリアの債券ショックと標準偏差

 トランプ大統領がEUやカナダ、中国に対する関税による輸入制限を決定してから、株式市場は乱高下しています。
 そのような時、5月にイタリアの債券市場が政権不安からパニック売りに見まわれ、10年債の金利が140bps(100 basis points =1%)、2年債は250bpsの急騰を経験しました。そのイタリア債券ショックは株式市場にも波及して、日経平均は400円を超える下げになり、欧州の株価やNYダウも大きく下落しました。
 学生さんには、前回のコラム「恐怖指数VIXとレバレッジ(借金)の恐怖」やトレダビで株価の異常な乱高下(ボラティリティ)については教えていますが、株式市場よりはるかに大きい債券市場についてはあまり勉強する機会がありません。そこで今回は、このイタリアの債券ショックを事例に、学生さんの金融リテラシーに重要な標準偏差の概念を考えてみたいと思います。

 次のグラフは、イタリアの10年債の利回り(利率)です。ご覧のように、5月半ばまでは1.9%以下だったものが、政権の不透明感が台頭した5月の半ばより少しずつ上げ始め、パニック売りが5月28日月曜日から29日にかけて起こったことが分かります。
 債券トレーダーは、世界で3番目の規模を持つイタリアの債券市場が一日でこのような大きな変動を起こすことなどあり得ないと考えていますので、不意を突かれてさぞかしビックリしたと思います。

イタリアの10年債の利回り(利率)

 この金利の急騰がどの程度の確率で起こるのかを見るために、ボリンジャーバンドを計算してみました。ボリンジャーバンドとは、対象となるデータの移動平均の標準偏差(σ)を計算して、その±2σや±3σのラインを描いた統計指標です。テクニカル分析の指標として、ボリンジャーバンドは正規分布や標準偏差の概念が投資判断にどのように使われるかを理解するのに役立ちます。
 正規分布は次のグラフのように、左右対称の釣り鐘状の分布のことです。この分布がよく使われるのは、平均と標準偏差だけで対象とする現象の発生確率を計算できるからです。そしてこの分布に従うと、±1σに収まる確率 = 68.26%、±2σに収まる確率 = 95.44%、±3σに収まる確率 = 99.73%となります。つまり通常3σを超えて変動するような確率は0.13%以下しかないので、株式投資をするときは3σ以内の株価の変動を前提にすることになります。

正規分布

 さて次のグラフは、イタリア10年債の利回りの20日間移動平均のボリンジャーバンド(±3σ)を描いたものです。真ん中のグラフ(青色)が10年債利回りの終値で、20日移動平均の標準偏差の±3倍に対応する利回りのラインが上下にあります。
 グラフから5月29日(火)の3σは3.206ですが、ザラ場の高値は3.388と3σを超えています。また5月前半のσは0.02~0.1以下の範囲に対して5月29日のσは0.358なので、この金利の上昇がいかに異常な数値であるか分かります。

イタリア10年債の利回りの20日間移動平均のボリンジャーバンド(±3σ)

 最後に、日次価格のボラティリティをグラフにしました。ご覧のように、5月28日から29日にかけてボラティリティが5%から20%まで跳ね上がっています。つまりボリンジャーバンドで見たように、確率的には起こりえない利率の急騰はパニック売りによるボラティリティの急上昇とペアになっていることが分かります。

日次価格のボラティリティ

 イタリア国債の利率が急騰した理由は、直接的にはイタリアの政治不安が原因となっています。しかしボリンジャーバンドやボラティリティのグラフから分かるとおり、政治的な混乱は5月の半ばから債券価格の上昇として織り込まれていたはずです。それにもかかわらず5月28日から29日にかけて「パニック売り」が起きたのは、低いボラティリティを前提に一方向に資金を集中した機関投資家が多かったからだと考えることができます。

 前回のコラムでも指摘したとおり、VIXショートの大きなポジションが積み上がっていたときのショートの踏み上げは、株式市場全体を揺るがすような暴落を引き起こしました。同様に、5月前半までボラティリティがほとんどないイタリア債券を前提に、一方向の買いポジションを持っていた多くの機関投資家がパニック売りに動きました。当然のことながら大きなショートポジションを持っていたヘッジファンドや瞬時に反応するアルゴリズムが市場流動性を枯渇させるので、3σを超える価格変動(債券価格の暴落)が起こります。

 このようにボリンジャーバンドやボラティリティの概念と背景の統計指標を学ぶことは、学生さんの金融リテラシーの理解を促進すると思います。また株式市場だけでなく債券や為替市場でも、しばしば3σを超えるような大きな変動が起こることを意識して、そのようなリスクにも対応できるヘッジの手法を身につけることが大切であることを授業で教えています。



中嶋 航一(なかじま こういち)プロフィール

過去コラム一覧


現職:帝塚山大学経済学部 教授
学歴:UCLA経済学部B.A.・ Vanderbilt University大学院経済学研究科Ph.D.
専門:ITを活用した教育、アニメ経済学、「お金持ち」の経済学
『千と千尋の経済学』シリーズ
>YouTube:中嶋航一
千と千尋の経済学のblog
Twitter

 
    

特集

「証券アナリストの調査手法とこだわり」(全6回)

「証券アナリストの調査手法とこだわり」

証券アナリストの行動パターンをご紹介!個人投資家のリスク回避術を学ぼう。

特集を読む »

おもしろ企業探検隊

おもしろ企業探検隊

平林亮子&内田まさみの「そうだ!社長に会いに行こう」ナブテスコ株式会社

特集を読む »