正しく恐れる−北朝鮮長距離巡航ミサイルの脅威−【実業之日本フォーラム】

2021年09月17日 15時48分

9月12日付北朝鮮労働新聞は、9月11日と12日に長距離巡航ミサイルの発射試験を実施したことを伝えた。報道内容の要約は次のとおりである。
「発射された巡航ミサイルは、我が国の領土と領空の上空に設定された楕円及び8の字型の飛行軌道に沿って7,580秒(126分)飛行し、1,500km先の標的に命中した。(中略)ミサイルの飛行操縦性、複合誘導結合方式による末期誘導命中の正確さなど、設計上の要求をすべて満足させた。」

各種報道では、ミサイル発射を探知できなかった可能性が有ること、射程がほぼ日本全土をカバーすること等から新たな脅威と喧伝する向きが多い。しかしながら、このような新装備の試験は、「世論戦」の一環として、その性能を過大に宣伝する場合があり、軍事的合理性に従って冷静な分析が必要である。限られた情報ではあるが、北朝鮮の報道及び公開された写真から分析を進めてみる。

発射時の写真から判別できるのは、5連装のチューブを装備したTEL(Transporter-Elector-Launcher)を使用していること及び飛翔中のミサイルの形状が米国トマホークに酷似していることである。北朝鮮は中長距離弾道ミサイルもTELから発射している。移動が容易なTELを使用した発射は発射場所を予め特定することができず、防護側にとって対応が難しくなる。また、北朝鮮の報道によれば、「新しく開発したタービン送風式エンジン」を使用したとされている。米軍が保有するトマホークは、発射直後は個体ロケットブースターで加速され、巡航時はターボファンエンジンを使用している。今回の発射では、TELからの発射時のブラスト(炎等)の状況及び巡航時にほとんど噴煙を生じていないことから、トマホークと同様の形態で発射及び巡航するものと推定できる。

飛翔した時間と距離から、当該巡航ミサイルの速度はマッハ0.6程度と推定され、亜音速ミサイルに分類される。米軍のトマホークがマッハ0.7であることから、やや低速と言える。F-15やSu-30の最高速度がマッハ2.3とされており、戦闘機より低速である。従って、探知さえすれば、防空ミサイルだけでなく、戦闘機でも対処可能と考えられる。米国をはじめ、ロシアや中国がマッハ5以上の極超音速巡航ミサイルの開発にしのぎを削っているのは、巡航ミサイルの「低速」という脆弱性を補うことを目的としている。

ミサイルの誘導に関し、複合誘導結合方式を使用したとしている。楕円及び8の字飛行は、トマホークミサイル等同様の地形照合能力の検証であった可能性は否定できない。しかしながら、飛翔経路の大部分となる敵地での地形照合は、相手の地形を熟知していることが前提である。偵察衛星で多くの地形情報を入手できる米国に対し、市販レベルの地形情報しか保有しない北朝鮮では、その能力差は歴然としており、北朝鮮の巡航ミサイルが地形照合を使用した誘導方式である可能性は低い。測位衛星による位置情報及び予め設定したプログラムによる誘導である可能性が高いものと考える。労働新聞は「末期誘導命中の正確さという要求を満足させた」としているが、弾着精度は地形照合でより正確な位置が把握できるトマホークよりも悪いと見る方が自然であろう。

長距離巡航ミサイルの最大の特徴は、数十から数百mという低高度を飛翔することにある。報道で、ミサイルの発射を探知できなかったのではないかとの指摘がある。発射後大気圏外という高高度を飛翔する弾道ミサイルと違い、低高度を飛翔する巡航ミサイルを探知することは、レーダーの見通し線という制限を受ける。その距離は、電波の屈折を考慮する場合、以下の数式で概算できる。

D(見通し距離:km)=4.12(目標高度の平方根:m+レーダー高の平方根:m)

高度100mを飛翔する巡航ミサイルを、山頂の高度900mに所在するレーダーで捜索する場合、見通し距離は約164kmとなり、最大射程が1,500kmであれば計算上は、ほぼ90%がレーダーの探知圏外となる。しかしながら、このことは巡航ミサイル全般に言えることであり、今回の北朝鮮長距離巡航ミサイル特有の問題ではない。

弾道ミサイルを含め、ミサイルの多様化、UAV等無人機による脅威の増大という環境変化を受け、防衛省は、防空能力の強化を図りつつある。現在の中期防衛力整備計画においては「総合ミサイル防空能力」の強化がうたわれている。これは、各種脅威に対して単一の対処法では限界があることから、各種手段を重層的に組み合わせる取り組みをさらに発展させるものである。新たに調達されるE-2D早期警戒機や就役したばかりの海自イージス護衛艦「まや」及び「はぐろ」は、CEC(Cooperated Engagement Capability:共同交戦能力)を保有している。これは、E-2Dが探知した目標に対し、レーダー見通し圏外に存在する艦艇がミサイル攻撃を行う能力である。高速のデータ交換と、アクティブシーカーを装備するミサイル(SM-6)により、巡航ミサイルを早期に撃破しようとするものである。

更に、現中期防には「スタンド・オフ攻撃能力」の整備も含まれている。防衛省は、スタンド・オフ攻撃能力として整備を進める長距離ミサイルを島嶼防衛用と説明している。しかしながら、当該ミサイルは、射程範囲内であれば策源地攻撃用としても使用できる。策源地攻撃の是非に関する国民的議論は、必ずしも十分とは言えないが、「総合ミサイル防空能力」では、ミサイルの発射後だけではなく、発射前に対処することも当然検討すべきであろう。いわゆる「Left Of Launch(発射の左側:ミサイル攻撃の流れを発射から弾着まで並べた場合、発射前は、発射の左側となることから命名された言葉)」攻撃能力が必要である。レトリックで曖昧とせず、正面からの議論をしなければならない時期にきている。

軍事的観点から見た場合、北朝鮮の弾道ミサイルを含む各種ミサイルは現存する脅威であり、今回長距離巡航ミサイルが加わったことにより新たな脅威が出現したとは言えない。安全保障環境の変化に対応して、すでに防衛省が進めている「総合防空能力」向上で対応すべき脅威に含まれている。しかしながら現時点では、整備途中であり、長距離巡航ミサイルへの対処に一部欠落が生じているのは確かである。中国及びロシアに加えて、北朝鮮も当該能力を保有した、あるいは少なくとも保有しようとしていることは事実であり、「総合防空能力」整備を早急に進めるとともに、今までおざなりにしていた「策源地攻撃」に関する議論を詰める必要がある。

限られた資源の中、脅威の本質を見極め、真に必要な機能を見極め、優先順位を定めて整備することが今ほど求められている時代はないであろう。

(追記)
本稿を執筆した後の9月15日に、北朝鮮は2発の弾道ミサイルを発射、日本のEEZ内に弾着したと報道されている。現時点(9月16日)で当該ミサイルは、今年3月に確認された短距離弾道ミサイルのバージョンアップ版と見られている。更に9月16日付労働新聞は、当該ミサイルが列車から発射される様子を掲載している。

TELの代わりに列車を使用することにどの程度の利点があるか今後の分析を待つ必要があるが、軍事的合理性から考えれば、多種多様な装備があればあるほど、その維持整備は複雑になり、実運用を大きく阻害する。新しい装備の出現にとらわれ、いたずらに脅威をあおることのないように、冷静な分析が必要なことに変わりはない。

サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。

写真:KCNA/UPI/アフロ


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